「だるい」
問診票にそう一言だけ書いた患者さんを、かつて診たことがある。
いくつもの病院を転々とし、血液検査も画像検査も受けてきた。でも、どこへ行っても「異常なし」。原因不明のまま、月日が経っていた。
■ 「どこが怠いんですか?」
詳しく話を聞いてみると、「座っていれば症状はゼロ。歩くと出てくる」という。労作時の息苦しさかと思い聞いてみたが、首を横に振る。胸部画像も血液所見も問題ない。
行き詰まりかけたそのとき、同席していた家族がぽつりと言った。
「でも先生、歩くのは難しいけど、自転車ならいくらでも乗れるんです。スーパーも自転車で行くようにしてて」
——前傾姿勢なら平気。直立歩行が辛い。
脊柱管狭窄症かもしれない。そう思い、改めて聞いた。
「怠いって、どこが怠いんですか?」
「そりゃ先生、脚だよ」
脚——。全身ではなかった。
「だるい」という言葉から、無意識に全身倦怠感を想定していた。でも実態は、腰の角度によって変化する下肢の症状。診断は腰部脊柱管狭窄症だった。
■ 症状の「場所」が、診断を変える
この経験から改めて気づかされたことがある。患者さんの言葉は、そのまま受け取るだけでは足りないということだ。
「めまいがする」という訴えも、よく聞くと「右眼だけがおかしい」という訴えで、実は”複視”だったケースがある。「めまい」と「複視」では、疑うべき疾患がまるで異なる。
「全身が痛い」という訴えも、掘り下げると「関節が痛い」という訴えで、”多関節痛”として整理できたケースがある。そこから膠原病や関節炎の鑑別へとつながっていく。
どちらも、症状の「場所」を一段深く確認するだけで、診断の方向性が大きく変わった。
■ 問診は「情報収集」ではなく「言葉の翻訳」
患者さんが使う言葉と、医療者が想定する言葉は、しばしばズレている。「だるい」は全身とは限らない。「痛い」は一か所とは限らない。「めまい」は回転感とは限らない。
「どこが?」「どんなふうに?」というシンプルな問いかけが、そのズレを埋める。
問診は情報を集める作業ではなく、患者さんの言葉を、医学的な病態に翻訳する作業なのだと思う。症状の場所を丁寧に確認すること——それが、診断という迷宮への、確かな入口になる。
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